最後の証人Page.2


 その後、よく、Mちゃんの部屋には、お世話になった。
野宿なんて、無茶な事をしてる割には、実は、あたしは小さい頃から病弱で、しょっちゅう喘息を出していて、そういう時には世話になった。さすがに、ただで世話になるわけにはいかないので、路上で稼いだお金で、弁当やら、お菓子やら、手みやげ持参で、それも、新宿から歩けない距離ではないので、青梅街道をギターと手みやげぶらさげて、夜中、歩いたものだった。Yちゃんは、彼氏のけんちゃんが来てないときは遊びに来ていたものだった。

 一緒にみんなでよく銭湯にも行ったっけ。Yちゃんは、あたしの胸を見て、
「うわー、すっごーい、映画の青い珊瑚礁とか、個人授業とか、そういう感じ!」
とか言って、笑わせてくれたっけ・・・。
 地下道にも、Mちゃんと一緒に、よく、唄を聞きにきてくれた。確か、「ちょっとおなかすいたーっ」て言って、2人して牛丼買ってきて、食べてたなあ。さすがに、唄ってる目の前じゃなくて、ちょっとはずれた所で食べていた気がする。
 Yちゃんは、曲を作る時は鼻歌で、ギターを弾いたことがなく、よく、ローコードと、シャッフルのカッティングぐらいは、教えてあげたものだ。
 それから半年ぐらいお世話になって、あたしは、その後今の部屋を借りた。
Mちゃんとは、しょっちゅう逢っていたが、Yちゃんとは、すっかり逢わなくなった。


 Mちゃんは結婚して舞鶴にいる。遠距離ながらも、よく長電話して消息を確かめあっているのだが、電話で、Yちゃんについて多少の話は聞いていた。
「ねえ、ユミさん、Yちゃんがおかしいんだよ。こないだ同窓会で静岡に帰った時逢ったら、突然被害妄想っぽくなって、泣いたり、怒ったり、突然、他の子に、あんたがこうしているのは皆あたしのおかげなんだって言いふらしたり。あと、前からそうだったんだけど、借金とかしちゃってね、すごいみたいなの。」「えっ?どうしちゃったんだろうね?あの子、そんな子じゃなかったんだけどね・・。」


 確かに、Yちゃんは、いつも「天下を取ってやる、有名になりたい」みたいな事を昔から言っていた。だけどそれは、若い女の子が夢を見ているような感じで、実践的にバンドのライブを続けていったり、自分が活動していったりとかそういった行動に出てるという訳でもなく、ただ夢として語っているものだとばっかり思っていた。
「とにかくね、仕事も続かないみたいだし、なんかちょっと心配してるんだ・・。あたし、あのときケンカ売られたんで、もう、話せなくなっちゃって、帰って来ちゃったんだけど・・。」
「んー、心配だけど、今実際にあたし達がどうこう出来る訳じゃないからね・・・。Yちゃんは、Yちゃんなりに、何か自分でも考える所あって、そういう発言をするんじゃない?だから、今は側にいてあげられる事は出来ないけど、Mちゃんが悪いって訳じゃないから、時が経つのを待つしかないよなあ。」
と、あたしはMちゃんを励まして、電話を切った。


 あの、Yちゃんか・・・話はなんとなしに聞いていたけど、その印象とはまた違って、ちょっと様子がおかしい。あたしは一目見て、何となくそういう空気を感じとった。
「ユミさん、まだ歌ってるの?あのガード下で?」
「うん。さっきまで歌ってて、今帰る所。・・・何年ぶりだろうね?4〜5年ぶり?新宿はよく来るの?」
「ううん。久しぶりに出てきた・・・。」
「ごめん、あたし、終電あるからさぁ・・・もう、帰らなきゃ・・」
抱きつく手があたしを放さない。しかし、なんてこの子は、細いんだろう?ひょっとしたら、あの頃より、痩せちゃったんじゃないのだろうか。それにしても、あたしじゃあるまいに、新宿、夜出てきて、どうするつもりなんだろうか?どっかの男にひっかかるつもりなのか?
「どうすんの?今日、これから・・・」・・・何も、言わない。
「あたしんち、来るかい?」と聞いたら小さく頷いたので、あたしは、彼女の手をつないで、マイシティー側の駅の階段を降りていった。
繰り返し、「ごめんね、何にもしてあげられなくて・・。」と、彼女はつぶやいていた。


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