最後の証人Page.1


 どうやら、仲間内で彼女の姿を見たのは、あたしが最後だったらしい。そう、だいぶ長い間同じ街、同じ場所に立ち続けていれば、行ってしまう人を見送ってばかり。


 98年の夏の終わり。ギターケースを片づけて、駅に向かう午前12時半、景気の悪い最近は、金曜日でもこの時間になると人通りもまばらだ。あたしは仕事明日休みでも、ここ、数年は歌い終えた後しょんべん横町で一杯ひっかける、なんてことはなく、歌い終えたらそりゃ又とっとと、新宿という街に今日の別れを告げてアパートに帰るのだ。
第一この景気の悪さで、12時半でも1軒除いて、しょん横はみんな閉まってるしね。
アルタの前、アクセサリー屋が並ぶ広場の近辺で、あたしの本名を呼ぶ声がした。そりゃ、10年以上も定点で歌っているものだから、「ミナミさん、お疲れさま」と、通行人に声をかけられることはある。が、本名を知っている人間は、それはわずかなもので、最近はせいぜい路上で知り合って、友人になった人が、知っているだけのようなものだ。


 振り返った時、誰だかは、わからなかった。
タオルケットを体に巻き付けて、ポニーテールの頭にタオルのねじりはちまきをしている。服装はきれい。一瞬、何、この人・・浮浪者?と思ったが、そうではないようだ。
振り向きざまに、あたしに抱きついて、小さくぽつりと、「Yです」とつぶやいた。


 あれは確か、89年頃、歌い始めて1年がたった頃。あたしはまだ21才。まだ本名を名乗っていて、新宿の中央公園で昼間寝て、夜唄うという生活をしていた頃だった。路上で通りすがりざま、ずっと顔を見ていく女の子がいた。
バカに肌が白くて、ショートカットが似合う、茶色い髪の毛をしたかわいい女の子。立ち止まる訳でもないが、なんとなくその覗いた様子は気になっていた。


 その翌日、Mちゃんという女の子が、立ち止まってずっと聞いていた。
「ねえ、終電は大丈夫なの??」あたしはMちゃんに聞いた。
「あたしは近いから。そちらこそ大丈夫??」
「うーん、あたしね、今、一人で色々考えたいから、ちょーっと、野宿してんのね。だけど、そろそろふとんで、寝たいかなぁ・・なーんてね。思ってる。」
「じゃあ、うち、来る?」
「うん、行く、行く!」
と、Mちゃんに拾われて、あたしは、アパートになだれ込んだ。


 Mちゃんは、その時、高校を卒業して、東京に出てきたばかりだった。
田舎は静岡。中野坂上、2万数千円の敷金、礼金なしのアパート。高校の同級生達と一緒に、東京に出てきて、みんな同じアパートに住んでいるそうだ。
「ちょっと待ってね。友達たくさんいるから、みんなで遊ぼうよ!」
と、他の部屋に呼びにいったら、来るわ、来るわ、同級生の女の子達が。
その中で、一人・・見覚えのある顔がいた。
「ああっ!新宿の、ガード下で、昨日、歌ってた女の人だ!」
そうだ、昨日目が合った女の子だ。
「Yっていいます。あたしも、バンドやってるの。バンド名は、スケベオヤジ、うふふふ。」
す、スケベオヤジかぁ。面白い子だなぁ。あたしは一発で、この子達は、冗談が判る子達なんかぁ、と、思い、朝までふざけ合って、そして、ふとんが2枚しかないところ、横にひいて、6人くらいで、6畳の部屋で、雑魚寝をした。
まるで修学旅行の夜みたいに。


 

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