95.6.22 渇望
(殴り書きのノートより)
きまぐれな雨のように頭の中を 街のざわめきが降ったり止んだりして
金曜の晩、僕は吸い寄せられるように歩き出した ネオンの海の夜光虫さ
頭の先からてっぺんまで 生きるなんて毒気にあてられて
ああ、ほら、この夜の向こうには何かがある筈だなんて 馬鹿のひとつ覚え
「時代」だなんてたかだか気分の産物なのに 「時代」に取り残された迷子のようだ
何かがあると歩いて行った先は いつでも何もない 判りきった筈だ
けれど僕は歩く事を止めない この足が動くままさ
午前0時を回ればいっせいに 欲望なんて名前のおもちゃ箱の鍵が解き放たれる
昼間計算ずくめの理性など 何処へいったやら
まるでもってむき出しの心たちは ぶつかる相手を探してさまよい始める
それは一晩の期限付きの愛を求める女だったり
肩がふれただけで殺し合うチンピラ崩れの男もしかり
ガソリンの代わりに安い酒をかっくらって 街がかけた魔法の中でくるくる踊るんだ
互いに名前も知らない それまでの人生も知らない
誰もこの世界の物語のなりゆきの全てを克明に語れる者も居ない
そうさ、あれはティーンエイジャーだった頃・・教科書に書いてあった
「疑問を解く為の数式のいくつか」僕もそらで憶えてはいるが
何もかもひとすじ縄ではいかないと気付いたのは、一体いつの頃からなんだ?
僕も、こいつらも
そして地下鉄の階段から息をひそめて機会を伺っていた 幾人かの理数系の学生達が
すばやい足どりでそこの靴屋の軒先に プラスチック爆弾を置いて走り去っていった
新宿の御一行様 行き先は地獄の筈が 口笛を吹き鳴らし始終を見守るばかり
仕込まれた針がゼロを差した瞬間 ごくちっぽけに爆発をして
ショーウィンドウの靴を 少しばらまいただけだった
この街で何かをやろうとしても せいぜいこんなもんだよと
酔っぱらいの声が聞こえた
ああ、この際だからはっきりしとこうぜ 死にたいのか生きていたいのか
とりまきの奴等は誰も口にしないけど そうさ、僕も一回も口にしたことはない
それは数え切れない程の別れを繰り返したが 最後の宣告は自らに課せないままさ
そしてせせこましく何かに向かって動いては ごくちっぽけな爆発をして転がるんだ
この街の片隅に
もちろん誰が悪いというものではないさ 正しいとか間違いだとかすでに迷宮の中
そのかわりにしっかりと腹をくくってないと 流されちまうよな・・ネオンの海の中、
ああ、いつまでも繰り返している このままではいけないと思いつつも
この際だからはっきりしとこうぜ 気付いたのはいつ頃からなんだ?!僕も、この街も・・
愉快犯たちは笑っている まして僕もその気になれば
人を傷つけてしまうだけの狂気を持っている
そうさ、正直になっちまおうぜ そこのミニスカートのおねえちゃん
聖人君子なんて誰も居ないよな だけどどうしてその気にならないのか
その気にならない事に 腹をくくらなきゃいけない
ああ、そうだ、ゲームはまだまだ続いている そして僕たちはゲームに夢中さ
吹きっさらしの風の中・・・
誰もがみんな渇いている 誰もが誰もの盃に注いでも満たされる事はない
それが「今の今」
もうすぐ夜が明けてくる 始発の時間 欲望が残したものはおびただしいごみの山か?
今居た筈の街は夜が明けると偶像になる シンデレラが靴を残して去っていったかのように
頭の上に神様は居ないぜ?! 悲しいかな自分で決めるしかない
例えばそこの曲がり角を右にするか左に行くか
そんな単純な事ですらひとつひとつ自分で決めて それが積み重なって今の僕が居た
そう、あそこのボーリング場の脇で今晩4人目の客を取ろうと佇んでいる
街娼のあの子だってそうだぜ、きっと
もうすぐ朝が来る筈さ、あの子の唇から漏れた溜息と共に
「魂に帰り着く場所はない」どこかの古い詩人が
碑に刻みつけた言葉を うすらぼんやり思い出して
また来た道を戻る 本能のように動いている
そうだ、僕は決めているんだ、などとちらつきながらも 僕は本当に帰るべき場所とは、と
その概念についてぐるんぐるん頭の中で巡らせて
とたんに自家中毒を起こし吐き出した ホームの柱のすぐ脇に
そうだね、全てが概念なのかもしれない 誰かを愛した事も そして憎んだことも
「この国」だなんて妄想も 「こんな世の中」なんて言葉も
概念の中ずたずたに引き裂かれて 宙ぶらりんの肉体をもて余して
僕等・・・いや、僕は生きている
そして概念の断片が巨大に形作られて 僕の前に襲いかかろうとしている
・・・それが「時代」なのだろうか?
「時代」は戦う相手が不在のまま そこに生きる人間にファイティングポーズを取っている
なあ、誰か教えてくれよ、多分僕だけじゃない 道行くキミタチも少しは病んでいると思うから
じゃなけりゃ生き続けるホメオスタシスなんて持ち続けられない
じゃなけりゃなみなみと続く 一人の戦いを続けられっこない
どっか頭がイカレてなけりゃ
そして僕は山手線に乗り込んだように いつか見た景色を少し思い出しては
いつか誰かにいい忘れた言葉を思い出しては
いつか死んでやろうと半分身を乗り出したことを思い出しては
そこで電車の警笛がけたたましく引き裂いた事を思い出しては
そう言えば僕の背中に爪を立て狂おしく求めた 彼女の闇の入り口のしめり気を思い出しては
彼女を引き裂いた時に彼女が唇から漏らした
彼女の本当の声の、言葉の、Toneを思い出しては、
・・・回り続けている、やみくもに、ぐるぐると、
ああ、そうか、ゲームはまだ続くのか? そして僕たちは少しゲームに疲れている
頭からつながっているあやつり糸をぷつりと切ろうとするが
切れば切ろうとする程糸はこんがらがって
僕は無意識に自分でかけたらしいクモの巣の中で
あえいでいる、あえいでいる、身動きも取れずに
ああ、そうだ、渇いている、渇いている、これだけは断言できる
誰もが誰もの盃に注いでも満たされる事はない
まるで馬鹿の一つ憶えみたいに やみくもに注ごうとし、やみくもに求めている
実は街には初めからどしゃぶりの雨が降っているが 決して潤う日など来ない
そう、さらさらの砂地に水をまくように どこかに流れ出してしまう
それが、今の今
ああ、そうだ、渇いている・・・悪い夢・・・