新宿へ帰ろう
どうしてあたしはここに立っているのだろう
足が震えてる
「下手くそー、子供はお家に帰れ」
酔っ払いのたきつける声
ギターなんて上手く弾けない
上手くなんて歌えない
だけど何となく
ここに生身を晒せば何かが見えるかとも思ったよ
20歳のお嬢ちゃんにしてはその街はやけに
物騒で
本当に子供はお家に帰った方が良さそうだった
だけど食い下がってあたしが歌い続けたのは勝気な性格だけじゃなくて
この混沌の中に答えがあるような気がしたから
としかもう記憶がない
だってあれはもう遠い昔のこと・・・新宿へ帰ろう
本当の住処は眠りにつくこの部屋じゃない
新宿へ帰ろう
ただ確かにあるのはあたしがこうやって生きてきたこと
時には唾を吐きながら 襲い掛かるバブルの狂乱に歯向かって
横っ面殴られたら安全靴で蹴りを入れながら
静かな夜には泣きながらブルースを歌った
人が途切れるのを見計らって
そう、誰にも気づかれないようにギター一本持って家を飛び出した
夜唄って昼間中央公園で寝たりもね
都庁がまだ途中までしかなくて
日に日に高くなっていくクレーンの位置を
ぼんやり眺めて
これから何が歌えるか
これからどうやって生きていくか
答えもないまま日が暮れるまでギターを弾いた
そして夜がまた来てそう云えばあの頃は今よりいささかウブだったっけ
女が一人新宿で立ちんぼみたいな生き方してりゃよくある話で
よその道歌いにひっかかって根こそぎ巻き上げられたり
それこそヒモに寄生されてたし
洗脳されたものを解くまで相当の時間もかかったか
あたしには歌うしかなかったから
いくらか温室育ちのお嬢ちゃんよりは
強くなれたような気もするよ
せめて唄を利用して人を騙すまいって改めて
誓えただけあたしはまだマシな人間だったってことぐらいだろいつの間にかもう足も震えなくなった
少しづつ何かを気づき初めて
立ち回り方も少しは覚えた頃
あたしは全ての武装を解いた
両手を広げながら「いいからかかっておいでよ、
こんなことで潰されやしないから」
なんてたきつけながら
そう、確かにあるのはあたしがここでこうやって長い間生きてきたこと
偽りなど何もなく
手の内にあったのは情熱 たったそれだけ胸に生きる人は笑っている 形の無い戦い、何人が
アスファルトの下眠るのか そう、墓標みたいに刻まれて
頑なにやるには道が多すぎて 最後は自分で決めるしかないさ
西口に曲がった後ろ姿を見送って
もう逢えないかもと手を振って
去っていく人々を何人見送ったことだろう
もう二度と姿を見ることもないけれど
遠く通り過ぎた人の死に水を取る事もなく
だけど胸の中には確かに墓標が刻まれている「時間があるならしょんべん横丁で一杯どうでしょう?」
今ならそのまま家に帰るところが
そう、体を切ればアルコールが出てきそうに濃度が高い頃
酒焼けした声はやけに野太くて
よく男に間違えられていたぐらい
その男は開口一番にいきなり鋭く痛い指摘をし
初めて口を聞いたあたしはひどく気分を害したもんだった
男はいつも立ち止まる度にあたしの唄をかみしめるように聞いて
その都度千円札を律儀に置いていった
ピアノ弾きだと知ったのは相当後のこと
最初は敵かと思ったその男は今
あたしの後ろでゴキゲンなピアノを弾いている都庁が出来たらしょんべん横丁も
ゴールデン街もなくなるって
風の噂があったっけ
しょんべん横丁も焼けてもまだこの街にあり
ゴールデン街も静かだけどまだ健在で
そうしてまたこの街に立っている
この手の中の炎はいつのまに小さな灯になって
それでも静かに灯りつづけている
いつまで歌い続けられるだろう 走る速さはいつの間に減速して
静かに立ち尽くしている
ただ確かにあるのはあたしがこうやって長い間生きてきたこと
やみくもに時間の階段を駆け上がり
ひとつづつ静かに忘れ去って
そしてたまに何かを思い出しながら
紡ぐみたいに唄を歌っている
これがひょっとしたらあの頃探していた答えなのか
それともまだ色々補足があるのか
うすらぼんやり考えながら
そう、あたしは自分がどんな風に死んでいくのか
どんな風に消えてなくなるのか
知らないけれど
少なくともまだ声は出るようだ・・・本当の住処は眠りにつくこの部屋じゃない
新宿へ帰ろう そう、新宿へ帰ろう
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